鞆の浦へ その1
2016/10/13(Thu)

 急に秋が深まってきましたね!

 夏物の片付けと冬支度に追われています~ (>_<)



 先月、広島県福山市の鞆の浦へ行って来ました!



         鞆の浦


 鞆の浦は、沼隈半島の先端に位置し、「潮待ちの港」として江戸時代に栄えた町です。

 また、坂本龍馬が属していた海援隊が借用していた「いろは丸」を鞆の浦沖で沈没させられた“いろは丸事件”でも知られています。



    鞆の浦


 古い町並みが残り、1992年には「都市景観100選」に、2007年には「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれました。

 

 龍馬観音


              鞆の浦


 「幕末を駆け抜けた龍馬はこの地に立ち、世界の平和と自由を発信した」そうです。

 後方は海援隊と紀州藩徳川家との交渉の舞台となった對潮楼がそびえ、龍馬が左手で指差す彼方は、いろは丸沈没地点だそうです。



 福禅寺 對潮楼(たいちょうろう)
 

        鞆の浦

 
 福禅寺は、平安時代の天暦年間(950年頃)に空也上人によって建立されたと伝えられています。

 拝観料は、大人200円です。



        鞆の浦


 本堂に隣接する客殿對潮楼は、江戸時代の元禄年間(1690年代)に建立されました。国の史跡に指定されています。



 日東第一形勝


         鞆の浦


 江戸時代に訪れた朝鮮通信使が「朝鮮より東の国で一番美しい場所」と絶賛したそうです。

 正面の多宝塔のある島が弁天島で、右側の島が皇后島、それ以外の島が仙酔島です。



          鞆の浦


 窓枠を額縁に見立てて景色を観賞すると良いそうですヨ!(^∇^)ノ


 ちょうど渡船が通りました。



          鞆の浦


 穏やかな海に心地よい風が吹いていて、いつまでも眺めていたい光景でした。 
 

 
 路地裏


                鞆の浦


 石畳の細い路地です。なんとも風情がある町ですね~^^



 いろは丸事件談判跡(旧魚屋萬蔵宅)


        鞆の浦


 慶応3年(1867年)、いろは丸事件の賠償交渉の場所として使用されました。

 現在は、「御舟宿いろは」として1Fカフェ・ランチと宿泊施設として利用されています。



 鞆ノ津の力石


              鞆の浦

 住吉神社に奉納されている力石です。花崗岩製で、重さは140kg~200kgあるそうですヨ!

 江戸時代、船積荷物の陸揚げ・積み込みに従事する仲仕たちが、祭礼の場などでこの力石を持ち上げて、その力と技を競い合っていたそうです。
 


 太田家住宅


        鞆の浦


 江戸時代より鞆の浦で作られている薬用酒「保命酒(ほうめいしゅ)」の蔵元だった建物です。

 瀬戸内海の商家建築を代表するもので、1991年に国の重要文化財指定を受けました。



 常夜燈


    鞆の浦


 江戸時代の灯台です。安政6年(1859年)に造られたものだそうです。



      鞆の浦


 港の常夜燈としては日本一の高さであり、かつての鞆の浦の繁栄を象徴する鞆の浦のシンボルです。

 

 雁木(がんぎ)


      鞆の浦



          鞆の浦
          

 潮の干満に関らず船着けできる石階段、それが雁木です。

 満潮時には最上段が岸壁となり、干潮時には最下段が荷揚げ場となります。



                 鞆の浦



           鞆の浦


 現在残っている雁木は、常夜燈前の「浜の大雁木」です。

 これは、文化8年(1811年)に涌出岨(わくでそ)を埋め立てた際に造られたもので、「涌出岨浜大雁木」とも「保命酒浜大雁木」とも呼ばれています。後世に残したい石階段だそうです。



 いろは丸展示館


        鞆の浦


 1867年鞆沖で沈んだ龍馬と海援隊の船「いろは丸」の引き揚げ物や龍馬のかくれ部屋、沈没状況のジオラマ等を展示しています。

 江戸期に建てられた蔵をそのまま利用しているそうです。
 


 医王寺


        鞆の浦


 山の中腹にあります。

 このお寺は、天長3年(826年)に弘法大師・空海によって開基されたと伝えられています。



          鞆の浦


 現存する鐘楼は寛永20年(1642年)福山藩主水野勝成の建立、本堂は貞亨2年(1685年)四代水野勝種の再建したものと伝えられています。



      鞆の浦


 高台にあるため眺めは最高で、鞆湾の全景が一望できます!ヽ(´∀`)ノ



 平賀源内生祠


                  鞆の浦


 蘭学者 平賀源内は、長崎で学んだ帰りに鞆の浦の溝川家に立ち寄り、オランダや中国の陶法を取り入れた源内焼の製法を伝えたそうです。

 生存中に神として祀ることを生祠(せいし)といい、宝暦14年(1764年)に溝川家が三宝荒神(土の神、かまどの神、平賀源内神)を祀りました。



 坂本龍馬宿泊所跡


        鞆の浦


 「いろは丸事件」の際、龍馬が宿泊した桝屋清右衛門宅です。2階に隠し部屋があったそうです。

 龍馬は紀州藩に賠償金を支払ってもらうため、4日間だけ鞆の浦に滞在しました。


 鞆の浦には、たくさんの名所や史跡がありました。午前中の散策は、これにて終了です!

 お次は、昼食ですヨ!!(^-^)/



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 昼食は、活魚料理 鯛めし「千とせ」へ伺いました。



        鞆の浦


 鞆の浦といえば鯛料理が名物だそうです。

 
 主人は、天ぷら定食(1000円(税抜き))をオーダー!



          鞆の浦


 鯛とたこの天ぷら付きでした。お吸い物にも、鯛のあらが入っていました。

 大根サラダの上にも、鯛の皮の唐揚げがトッピングされていて、クセになるお味でしたヨ! (≧∪≦)


 私は、鯛茶漬け御膳(1200円(税抜))



           鞆の浦


 鯛の天ぷら付きでした。大変美味でした~ (≧∪≦)



              鞆の浦


 鯛茶漬けは、アツアツのお出汁を注ぎ、こちらも美味しくいただきました! (≧∪≦)


 たこの旨煮(300円(税抜))


               鞆の浦


 しわかったです・・・。が、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がりました。

 ごちそうさまでした~



 ~おまけ~

 鞆の浦には、猫がたくさんいましたヨ!



              鞆の浦


 野良猫かな?

 港町らしいのどかな風景でした。



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