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終戦記念日
2010/08/16(Mon)

     8月15日の夕焼け
                                         ~千代河原から見た夕焼け~


 昨日(8月15日)は、65回目の終戦記念日(終戦の日)でした。

 数日前に90歳の誕生日を迎えた祖父と一昨日一緒に食事をしたのですが、その時に戦争中の話を
いろいろ聞きました。

 祖父は戦争で中国に行っていたのですが、終戦後すぐには日本に帰ることができず、そのせいで戦
死したのだと思われていたそうです。ところが、翌年の4月にひょっこり帰って来たので、家族みんなが
驚いたそうです。祖父は待っている家族の為に家に帰ろうと、ひたすら歩き続けたと言っていました。 
 食べる物もなくて、この時が一番辛かったそうです。生きて帰ってこれたのは、運が良かったのだと
言っていました。

 なぜ、祖父が突然語り出したかというと、少し前にNHK松江放送局の記者さんが、祖父に戦争中の
話を聞きに来られたんです!この時に、わが家の家族は祖父が松江の軍隊(部隊)にいたことを初め
て知りました。祖父の話によると、千代川(鳥取市)から西に住んでいる人は松江の軍隊(部隊)だった
そうです。だから、戦地(中国)で浅津((あそづ)今の湯梨浜町)や末恒(鳥取市)出身の人に会った時
は、とても嬉しかったそうです。

 で、その祖父の取材ですが、テレビで放送されるワケでもなく、写真を撮られたワケでもなく、ただ祖
父の話をメモされていただけだったようで、戦争体験者の証言を中心に後世に戦争の実相を伝えてい
くための取材だったようです。本にでもなるのかな?(母は、物騒な世の中なので「もしかして詐欺かも
!」とかなり警戒していました~!^^;)

 今では戦争の話をしてくれる人達も少なくなっているようで、祖父も「一緒に帰って来た仲間も死んで
しまった!」と言っていました。私も戦争を知らない世代なので、戦争の悲惨さを伝えることは大切な事
だと思いました。世の中、平和が一番ですよね~^^

 ※今日は、いつもとはちょっと違うお話をさせていただきました!^^



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コメント
-  -
ごんたさん こんにちは
私の祖父も、中国に行っていました...
もう、亡くなって20年ですが、生前はよく話をしてくれました。
中身については、たくさんは語りませんでしたが、総入れ歯だったのは、弾薬を背負って、弾を避けるときに転んだから、と言っていました。
帰国のときも、マラリアにかかって帰れない所を、戦友のひとがかばって連れて帰ってくれたそうです..
日本に着いてからも、戦争に負けたことを、家族が恥になっていやしないか、と家の近くまで来たのに、帰れずに山道で座り込んでしまったこと..そこを、知り合いの方が通って、「みんな、待っているよ」と教えてくれたおかげで家に入れたこと... くり返し聞きました。
祖母も、弟が原爆で亡くなり、広島へ骨を拾いに行ったことなど、話してくれています。

戦争は、いけないですね。
私も、祖父母から聞いた話は、とても大切な財産だと思っています。
2010/08/17 06:19  | URL | dear #-[ 編集]
-  -
私の祖父母も戦争で台湾や満州に行っていて、ときどき話を聞かせてもらいます。
若い頃はつらいことは思い出したくないのか話したがらなかったのですが、年取るとポツポツ話してくれるようになりました。
その当時の写真も、もう自分が死んだらこんなもの残しといてもしょうがないから焼いてしまおうかって言うので、残しとかないとダメだよ!焼くならあたしがもらう!!って言ってます。
世界が平和になるためにも、こういうことはずっと伝えて残していかないとダメですよね
2010/08/17 08:47  | URL | akiko #-[ 編集]
-  -
ごんたさんへ

広島や長崎の子供は他の県の子供より戦争に触れる環境にいます。
広島では8月6日(広島原爆の日)は夏休み中ですが、学校に登校し、戦争のこと勉強しますしね。
きっと長崎でも同じようなことをしているのではないかと思います。

大人になった今、子供の頃のそういった環境がありがたいと素直に思えるし、戦争の悲惨さは後世にも伝えたいと思います。

今、8月6日、9日、15日に何があったか知らない子供たちが多いですよね。日本全国で広島のようにこの3日だけでもいいので戦争の勉強を学校でしてほしいと思います。戦争に関しては全国で同じレベルで、同じ環境であるべきではないかなぁ~と思います。
戦争の悲惨さを伝えるには広島、長崎の子供だけでは限界があります。
2010/08/17 21:30  | URL | sana37 #-[ 編集]
-  -
亡くなった僕の祖父も松江の連隊に所属して中国に行ったということでした。
その後、足を撃たれて除隊し、むこうで妻を亡くし、というようにかなり苦労したそうです。
戦争は人生を変えてしまいますね。
2010/08/17 23:33  | URL | マメタの父 #-[ 編集]
- みなさんへお返事 -

☆dearさん

 dearさんのおじい様も中国で戦っていらっしゃったのですね。
 ウチの祖父と同じ所だったのかなぁ?

 帰国するときに、たくさんの兵士が次々と倒れていったと祖父も話していました。
 担架代わりの板に乗せて4人で運び、2人がその人の荷物を持ち、頑張って歩いたそうです。
 夏なのに分厚い冬服しかなくて、とても暑かったと言っていました。
 戦争は二度と繰り返してはいけないですよね!本当に恐ろしいです!

 貴重なお話をしてくださり、どうもありがとうございました。


☆akikoさん

 今が平和な世の中だからこそ、語りたくなるのかもしれませんね。
 本来なら一番楽しいはずの年齢なのに戦争のせいで辛いことばかり・・・。
 本当に悲しいことですよね。

 昔の写真、大事になさってくださいね!私の実家も、1~2年前に仏壇の奥から明治時代の
 ご先祖様の写真が見つかって盛り上がったんですよ!^^その家の歴史ですよね!とても貴重
 なものだと思います。


☆sana37さん

 広島や長崎では、小さな頃から学校などで戦争について勉強されていると聞いたことがあります。
 戦争を知らない子供達に戦争の悲惨さを伝えていくことは、本当に大事なことですよね。特に、
 今の子供達にはまったく想像も付かない世界でしょうからね。
 sana37さんがおっしゃるとおり、他の都道府県でも同じように戦争について学習してもらいたい
 ですよね!


☆マメタの父さん

 マメタの父さんのおじい様も松江の連隊で、中国にいらっしゃったのですね!
 ウチの祖父と一緒に頑張っていたのかなぁ?

 戦争は、本当に惨いですね。おじい様も大変な目に遭われましたね。戦争は、二度と起きては
 いけないものです!あんな惨い悲劇を繰り返してはいけませんよね!
 マメタ君がもう少し大きくなったら、おじい様のことや戦争のことなど教えてあげてくださいね!
2010/08/18 20:02  | URL | ごんた #6qvtZKK6[ 編集]
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